波多です。
昨年の4月のことだった。
雨上がりの金剛山の頂上付近で声をかけられた。
若いお姉さんだった。
そこに咲く花と一緒に写真を撮ってほしいとのことであったので、その人のスマホで何枚か撮って差し上げた。男性に比べ女性は花に興味を持つ人が多いように思う。山で花の写真を撮っているのは大概女の人だ。
何という花なのか聞くとショウジョウバカマという花だということだった。
春の妖精と呼ばれているらしく、他にもカタクリという紫色の花やイチゲという花が春の妖精だということだった。その時は花に全く興味がなく、お姉さんが語ってくれた内容にも曖昧な相槌を打っただけだった。若いお姉さんに声をかけてもらったのが嬉しかっただけで、花について詳しく話をされても困惑するばかりだ。上手く受け答えが出来ず、会話も続かなかった。
お姉さんは是非見てみてと咲いている場所を教えてくれた。
興味はなかったが、せっかくなので行ってみることにした。
現地に到着した。
これがカタクリの花か。聞いていたとおり紫色の花だった。
ほどなくご婦人の3人連れが横に来られて、ワイワイとお話をしながらカタクリの花を見ておられた。1人は花に詳しいようでカタクリについてあれこれレクチャーしているようだった。
「えー、そうなんや!へえ、凄い!」
会話の楽しさは受け手の上手さで決まるのかもしれない。
三人の会話はコロコロと転がるように楽しげであった。
昔は片栗粉の原料として採取されていたこと。
天気の悪い日は花が閉じて、晴れた日は反り返るくらい花が開くこと。
開花してすぐに散ってしまうこと。その儚さが春の妖精と呼ばれる所以だということ。
そして、発芽して花を咲かすのに7年かかること。
(えー、そうなんや!へえ、凄い!)
知らず知らずのうちに私が聞き入っていた。
7年もかかって今日の花を咲かしていると思うと胸がジーンとした。
会話を転がしながら三人は次のポイントへ向かっていった。
私はもう一度、カタクリをじっと見てみた。
可愛らしく感じた。
スマホで一枚写真を撮った。
初めて花を撮った。
ピンぼけだが当時は気にならなかった。
このペリカンの口のように閉じた形が印象的だった。
3週間後の晴れた日にもう一度この場所に行ってみた。あの時聞いた反りかえるカタクリの花が見れるのではないかと期待して。
しかし何もなかった。妖精はもういなくなっていた。
そして、1年後の今年の4月9日。
カタクリを見に金剛山に登った。
晴れた日であった。
いい朝だ。
気持ちも晴れ晴れとしていた。
まだ咲いていない可能性もあるのに何故かカタクリに会えると確信があった。
そしてカタクリの目の前に来た。
トクトクと心臓が鳴る。
咲いていた。
1年ぶりに恋人に会ったような高揚感であった。
晴れた今日は一段とお綺麗で、陽光の中を踊っているようであった。
スプリングエフェメラル(春の妖精)カタクリ。
花の中の柄を撮りたいがこれ以上近づくと傷つけそうで寄れない。
他にも春の妖精の一つキクザキイチゲにも会えた。
絶滅危惧種らしく、いつまで見られるのか分からない花だ。
太陽の光を花いっぱいで集めて咲いていた。
背が低い。背伸びして背伸びして太陽に顔を向けていた。
花は顔を撮りたくなるが、こんな後ろ姿も素敵だと思った。
一年前のあの日から私は山で花を探しはじめた。
歩き方も変わった。もしかしたら2年目3年目の開花前の小さい花があるのではないかと踏まないように慎重に歩くようになった。
発見したらとりあえず写真を撮って、下山してから調べて楽しんでいる。
不思議なもので調べて覚えた花はいっそう可愛く感じる。
覚えたものはごく一部で、まだまだ初心者だ。
登山の目的地は頂上ではなく、咲いている花の足元ということもある。
そんな山行もいいもんだ。